おうなも歩けば

都の西北(にしきた)に暮らす若おうなの毎日から、 日々の新しい発見や気付いたことを、 写真と共に思い立ったときに書いています。

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世田谷線

晴れと曇り。またも風が強い。なんだか最近風が吹いてばっかりよね。

友人に誘ってもらって、東急世田谷線にはじめて(多分)乗って、
「降りてゆく生き方」という武田鉄矢の出る映画とその前後の座談会に行った。

座談会は、いろいろと思うところや普段の生き方に反映させてみたい視点があって、
なるほど!と思った。
映画は....言いたいことは座談会と同じで良くわかるけど、シナリオが余りに紋切り型?というか
テレビの2時間ドラマ的のラフさと言うか、そこに真っ正面からのメッセージが入るので、
途中で気恥ずかしくなった。俳優さんは皆さん「うまいなぁ」と思うだけに、もったいないような。

で、こういう映画は誰が作ろうと思うんだろう!?と思ったのだけど、会場ではどこにもその情報がなし。
そもそも主催者の名前もないので、この映画で誰が誰に何を伝えようとしているのかがわからない。

帰ってきてからネットで調べてみたけど、この活動を進めているのは「一般社団法人降りてゆく生き方」
というところ。
この法人のトップページに行くと、そこはイコール、映画のトップページ。

この映画のコンセプトページを見に行ったら、そのサブタイトルが
「私たちはなぜ映画「降りてゆく生き方」を、つくらなければならなかったのか」
となっていた。
この”私たち”が誰だかわかればいいのよね、と文章をよんでみたけど、結局総論だけで
その点への言及なし。
文章の最後に署名ぐらい入っているかと思ったが、それもなし。

うぅむ、言いたいことには同感するけど、どうもこの「誰が言っているの?」がはっきりしないのが
落ち着かないというか据わりが悪いというか。

それに、このコンセプトに書いてある文章は構えすぎていて、「そこまで振りかざして言うことか?」
という思いがして、これまた余計「誰が何を言いたくてやっているのか?」と不思議さが増す。

材料としては良いものなのだけど、その表現方法や背景の思いには今一つ共感しきれない、が
今日の感想かな。
いや、座談会の内容はとってもよかったんだけどね、ホントに。

終了後、世田谷線そばのカフェで遅いランチをしてから、少し散歩。

線路の中の大きなタンポポ。
110430タンポポ

このタンポポ、この大きさになってしまうと、花をつけてもつけても電車に頭をこすられて、
咲くに至らないのではないかと思われる。
そのがんばり、尊敬します!

結局、そのまま三軒茶屋を経由して、池尻大橋まで歩いてしまった。
ヒールのあるサンダルでなければ、渋谷までだって歩いたのに....かな?

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風と太陽

見事に晴れ。今日もすごい勢いで風が吹く。しかも日差しが暑くてまぶしくて、昼間は汗をかきながら移動。

朝に会議ででかけ、昼を食べてからまた別のところに行き、一度オフィスに戻ってから、
夕方にまた別な会議。懇親会。
気がついたら、朝羽織って出かけたはずのコートが手元にない。
慌てたけど、よく考えたらオフィスのロッカーに入れた覚えあり。

これって、風と太陽と、両方のがんばりでコートを脱がされた!ということかも。

朝の会議、2年ぶりぐらいに会った人と新しい企画の可能性検討。
全く予想していなかったのだけど、どの切り口で話をしていても、意見が合っている。
最後には、「今年が駄目でも来年パワーアップして一緒にやりましょう!」とまで言ってもらった。
すごい。

でも、よぉく考えてみると、双方がそれぞれ取引&情報交換を続けてきている第三の関係者(今日は不在)
とそれぞれは意見が合っているわけで、しかもこの第三者とのやりとりの中で、それぞれが気になる
キーワードを交換しあっているのが現状。
つまり、同じ情報に何かと接している双方。
そう考えてしまうと、意見が合っても不思議はない!ってことか。
まぁ仕事へのアプローチが似ているのは昔からしっていたけど。

昨晩、寝ようとしては何かを思いつき、最後は仕事に手をつけたら止まらなくなり、
結局ほとんど寝ていない。
そのために、駅のエスカレータに乗って立っている間に寝てしまうし、
今もPCを見ていたと思うと次の瞬間に夢を見ている。

さ、今日はもう寝ようっと。

緊張

雨との予報を信じていたら、一日中吹き荒れた風とほんの一瞬の雨だけで、昼間はほぼ晴れ。
それにしてもすごい風だった。決して吹き飛びやすいタイプではないはずなのに、2回ほどは本当に怖かったし。

昨日の夜辺りから、背中のおなか側というか、背中に近い身体の内側というか、で筋肉痛のような痛み。
脚や腹筋の筋肉痛と違って、どういう時に痛いかのパターンがよくわからず、思いもかけないときに
ヒクッと痛みを感じてびっくりする。
今日も、余りに思いがけないタイミングで痛みが出てピクッとする自分がおかしくて、思わず笑い転げたら、
さらに痛かった。
「なによ、これ~」と笑っていたら、そばから「肋間神経痛じゃない?」との声。
ふーむ、名前がつくのはいいことだけど、でも肋骨よりも身体の内側のような気もするけどなぁ。

まぁ、筋肉痛ならしばらくすれば直るから、と放置中。

今日、何年もやっている業務について、今年度の契約更改についての最終打ち合わせがあった。
3月中から打ち合わせていたし、総論は問題が無かったのだけど、多少細かい点が残っていただけ。
この話自体は、特に心配もない状態。

ただ、全く別件の業務で、とにかく今日中に話をしたい案件なのに連絡のつかない相手がいて、
打ち合わせに向けて移動しながら、且つすごい風に吹き飛ばされながら、電話をしたりメールをしたり。
打ち合わせ場所に着いたときには、結局進展の無かったこちらの話でキリキリ状態。

やっと打ち合わせが終わり(これは無事に終了)、ホッとできるかと思ったら、今度はやっと連絡が
ついた相手との話が、想像以上に複雑な方に展開してしまい、うひゃぁ!と明日急遽面談を設定。

さぁ帰ろう!と移動をはじめたけど、結局あれこれ電話が入ってしまい、渋谷で対応。
渋谷駅近辺って、静かなところがあまりないのだけど、昔の東急文化会館に渡る陸橋はそれなりに静か。
というわけで、陸橋の中を行ったり来たりしながら(私は立ち止まっての電話ができない)、
あっちこっちと合わせて20分以上も電話。
まぁ、今日の午前中に、いろいろ仕掛けるためのメールを複数出していたので、事が動き始めるのが
当然というか有り難いというか、ではあるのだけど。

でも、家に帰って夕食も済ませたのに、しかもどの話も悪い話ではなかったのに、
なぜか未だに身体から緊張がとれなくて、しんどい~。
おかしいなぁ、緊張症では全くないのになぁ。たまにこういう時があるのよねぇ。

色の気持ちよさを楽しみたくて撮った一枚。

110427緊張

こういう体調の時に見ると、私の写真って、「ピシッとしまった」なんてものでは全然無いのに、
なのにどことなく変に緊張感があるような気がする。肩に力が入っている、みたいな??
もっとフワァ~っとした雰囲気の写真がとれないかなぁ。
そうすれば、少なくとも今日みたいな時には救われるのに。

そういえば、昨日は丸の内のワインバーに行き、6時半から11時頃までテラス席でワインとおしゃべり。
その楽しさ以外にはさしたる進展はなかったユルユルした昨日と、
進展や可能性はいろいろ見えたけど緊張感まみれの今日と。
さて、どちらが望ましいか。

昨日みたいな日ばかりで暮らしていけるなら、それがいいなぁ、と思う私は、やっぱり少し4月病かもね。


追記:
書き終わってぼーっとテレビを見ていたら、サントリーの広告が立て続けに出てきた。
あの坂本九の歌を何人もで歌いつないでいくもの。今日は「見上げてごらん夜の星を」のバージョンが
いくつも流れていた。
見ていたら、何だかホッとして、涙が出てきそうになった。
この広告の力、すごいです。

論理性

昨日はすごい雨。今日はきれいな晴れ。

今日は区議会議員選挙と区長選挙。
前者には50人も候補者がいるけど、判断すべき情報があまりにない。
新聞を見て、ネットを見て、とりあえず対象外を選んでおいて、後は気分で投票するしかない。
これで論理的な選択をしたと言えるのか?と思いつつ、お天気がいいのでそのまま散歩へ。

花もいいけど、こんな風景もこの季節ならでは。
110424連休前

帰り道、本屋の店内をぶらぶらしていたときのこと。
小学校低学年の男の子が、ヒモで付録が縛り付けられた雑誌を振り回しながら通路を駆け回っている。
おやま、と思っていたら、祖母とおぼしきキンキラキンの服装をした女性が言った。
「その本、絵がかわいくないから、振り回さなくていいわよ。戻しときなさいな。」

????

しばらくして雑誌のコーナーに行ったら、またその子がいた。
今度は、箱詰めになったような付録の山に全体重を乗せて遊んでいる。
箱がじわじわとつぶれるのがおもしろいらしいけど、こりゃひどいわね、と声をかけようと思ったら、
またキンキラ祖母が現れて言った。
「その雑誌はあなた向きのものじゃないから、乗ってもしょうがないでしょ。」

この男の子が将来どのような論理性を持った大人になるのだろうか、と、興味津々です。

そういえば、数日前に行ったディスカウントスーパーで、やはり同じぐらいの男の子が走り回っていた。
ここはお店が狭くて通路の見通しも悪いので、走り回るといやでも誰かにぶつかる。
私のカートにも一回ぶつかってきたのだが、近くの大人は誰も注意しない。
親はどこに行ったのかなぁ、と放っておいたら、次に通路の交差点で横から思い切りカートに激突。
私は驚いただけだったけど、あちらはカートのハンドルにでも頭をぶつけたらしく、ギャァ!と
叫びだした。
こりゃどうしたもんか、と思った途端、突然背後から怒鳴り声。
「あんたが暴れるからそうなるんでしょ! 大人しくしてなさい!」
驚いて振り返ってみたら、一回目の時には私のそばで黙って買い物をしていた若い女性が怖~い顔をして
立っていた。

こちらの場合は論理的には至極真っ当だけど...
その論理で数分前に叱っておけば良かったのにねぇ、お母さん。


季節ならでは、の写真としては、こちらの方が本来の好み。

110424連休前2

どちらにしても、今年は花よりもこの方が気持ちにしっくりくるのよね。

4月病?

昨日は雨晴れ雨。一気に寒くなる。
今日も晴れていたのに曇ってしまい、冷たい風が吹く。

この数日、気が晴れない。引きこもりになりそう。
これって、いわゆる5月病というものに似ていそうだけど、どんなものかしら。
そんなものにかかっている余裕はないのにね。

一気に街に花が咲き始めているけれど、こういう鉢植えの地味さがいいかな。

110420鉢植え

デマとお豆腐と....

明るい一日。夜になったら、頭の上に少しふくらんだ半月。

震災についてのデマを分析した情報を載せているというネット記事に出会った。
誤解を招くようなものも含めていると言うが、80件もトピックがあがっていた。

こんなに多様なデマが出回っていたのか、との驚き。
こんないい加減な情報を(信じて?)拡散させてしまう人がそんなにいるのか、という悔しさ。
このサイトの分析情報自体も、どこまで信じていいものか、という疑い。

日頃から多様な情報を読み取る仕事をしているし、「それ、ホント?」「どうしてそうなるの?」と
常に疑問から理解をはじめる性癖(仕事柄というよりも、多分生まれつき)だから、ソースのはっきり
しない情報を信じる怖さも知っているし、まともな情報でも視点を少し変えるだけで、全く予想もしない
方向に理解が突っ走る状況も何度となく体験している。

でも、今回のように複合した状況を理解するには尋常でない時間と手間がかかるだろうし、そもそも
完全に明解な結論まで得るのは無理なのだと思っている。正直、いろいろな話題のいずれも、
わからないまま宙ぶらりんのまま。

世の中、そんなものだとは思っているし、もしかしたら今回のデマはもっと多く激しくても不思議は
ないぐらいの状況だったのかもしれまい。
まぁこのぐらいに思っておかないと、こんないい加減な情報を拡散する人たちを考えて、何だか
悲しくなってしまうかな?

気持ちの良い宵を少し歩きたくなって、いつもと違う駅から帰宅してみた。
ただ歩いてくるだけのつもりが、途中で新しい豆腐店を発見してしまい、お豆腐に厚揚げ、
豆乳ににがりまで、ドサッと購入。
しかも、牛乳を買おうと立ち寄ったスーパーでは、ここ半年ほど完全にはまっている高野豆腐が
セール! これまたストック分まで買い込む。
何しろ豆腐好きの身としては、小さい幸せ。

今日は、少しだけだけど地震の回数が減ったような。地震が無意識のストレスになっているのは確か。
でも、こんな日常的な事でストレス発散ができる環境にいることに、感謝しなくっちゃね。





余震

風薫る5月!?みたいな天気だと思っていたら、いつのまにかしとしとと雨。

夕方、PCの地震警報が「福島沖 最大震度5 東京の推定震度2」のアラームを鳴らし始めた。
経験から言って、東京の推定震度が2以上の時はそれなりに揺れる。
思わず「あ、地震!」と揺れてもいないのに(しかも、この時は横浜市にいたのに)席を立った途端に、
携帯の警報も鳴り始める。
と、10秒もしたら揺れはじめ、随分と長く揺れた。
隣のオフィスでも誰かがドアを開けに走っており、女性が多い中、オフィス全体がどよめく。

落ち着いたかな、と思っても、いつまでもユラユラ(後で、二つの地震が1分感覚で発生したと判明)。

と、隣のオフィスで窓の外を見ていた誰かが大声で言った。
「あ、新幹線が止まっている!」

上り下りの両方向が重なって止まっていた。
110411新幹線

私のいた建物の中では震度2ぐらいに感じたが、実際は横浜でも震度3ぐらいはあった様子だし、
震源の福島浜通りでは震度6弱も揺れて、亡くなった方も出たとのこと。
その後も、数分おきにPCの地震警報(マグニチュード4以上で発信するように設定)が鳴り続ける。

以来、今でも長くても20分位、短いと数分の間隔で、福島浜通りと茨城北部(実際は非常に近い)を
震源として、震度3から5位で揺れ続けている。
東京でも、これを書いている間にTVの地震情報が2回、PCの地震警報は数回、何となく揺れた感覚も2、3回。

どうかこれ以上のけが人や被害が出ませんように。
現地での不安感を思うと、胸が痛む。
少しでも皆さんが穏やかに過ごせますように。

しっとりした日

降るような降らないような一日。
目に見えないような水分が落ちてきていて、屋外の床タイルは一日中しっとり。

だのに、右目がドライアイのようになっていて、一日中ひりひり。
鬱陶しいからと片目をつぶって本を読んでいたら途中で両目をつぶって寝てしまうし、
ではと両目をあけて読んでいると当然ひりひりして、これまた気が散って前に進まない。

...これ、目のせいではなくて、本との相性の問題かな?


昨日、10代後半から20代ぐらいを主対象とした情報発信についての企画会議に参加。
この中で、twitterを使うとどうなるだろう、是非やってみたい、との意見が若手から出た。

組織として行う場合に、何の情報を誰が発信し続けていくのか、誰がどのような情報で参画しそうか、
それが誰におもしろいものとなりそうか、情報発信の頻度はどうか、発信する内容の品質やセキュリティ
確保はどう行うのか、炎上したりとかのリスクをどうやって低減するのか、などなど、討議してみても、
今ひとつ見えないことだらけ。
でも何か新しいきっかけになりそうだとの共通認識もあり、「私が発信者になります!」との若手の強い
思いもあって、とりあえずメンバー間で試行し始めてみることに決まる。

個人の発信者、あるいは情報発信を仕事にしている(例えばメディアなど)の大規模発信者、などのは
フォローしながら様子を見てきているが、今回のはその中間的な存在になるのかな。
ここから何が見えてくるか、ちょっと楽しみ。

そういえば、炎上したyoutubeのサイトで、
  「無神論者の日本を揺さぶってくれ」と神に一日祈ったら
  あの震災が起きた。神はすばらしい。
と言ったことを述べたtamtampamelaという人物がいるらしい。
しかも、思い切り炎上した挙げ句に、
  「あら、実は私、ネットでの釣りをしただけなのよ。釣られたみんな、バカね。チャオ!」
という乗りの(正しい訳ではないのでご注意のほど)ビデオをさらにアップして、そのまま
アカウントを消して逃げたという。

海外のサイトのどこかで話題を見かけていたのだが、昨日の会議でも話題になり、
週刊文春に取り上げられているのも見つけたので、名前を辿ってビデオ(しっかりバックアップを
取って再度youtubeにアップしている人が何人もいる)を見てみた。

言っている内容へのコメントはする気もないが、こんなに簡単に自分の顔が世界中に知られてしまう
今の状況が、ふと怖くなった。

このtamtampamelaは、その「世界の脚光を浴びる」を体感したかったのだろうか?
だとしたら、それは成功している。殺す、との脅迫まで受けていたようだが、それでも
脚光を浴びてうれしいのなら、それは本人の勝手だから、どうでもよい。
一方で、その情報を否が応にも何かしらの形で受け取るこちら側には、いろいろな情報を
受け取りながらも、変に敏感すぎる反応をせず、でも適度に判断に組み込んでいく、という
知性が常に求められていることになる。

あぁ、技術の進展について行くのは大変だわ。ぼけないように気をつけなくっちゃ。

世界各地のものがギュッと詰まっているような香港の街角。
110409香港

ここに住むには、情報の多さにも色の多さにも耐えられるだけの、かなりのタフさが必要だわね。

情報

昨日は暖かい日差しの中、桜の満開宣言。今日は少し曇ったけど、どこを向いても桜ばかり。

午後に東京を発って、日帰りの新幹線出張。
帰宅した途端に、テレビと携帯とPCから研究地震警報がなり、結構ガタガタと揺れる震度3。
宮城県では震度6強とのこと。

震災からもうすぐ4週間。
もともと多様な情報のあちこちを覗き、それを理解し、整理して、を仕事としている身だが、
震災に関しては、仕事よりも広く且つ継続的に情報を見てきた。
とは言っても、仕事と違って「ある範囲をきっちり押さえる」というよりは、常に「ある程度の範囲を
ざっと見続ける」という姿勢での情報把握。だから、整合性のとれていない点や、自分自身の中ですら
辻褄の合わない情報なども、そのまま受け入れておく、のごった煮状態だったけど。

そんな中で「情報の把握の仕方」について改めて感じたこと。

■ こういう時の情報把握には、国内メディアだけでなく、やはり海外メディアの情報や論調も
  併せて見ていく方が良さそう。
■ 日本のメディアに、情報を「論理的情報」として淡々と伝える事を期待しても難しい。
  論理的情報、特に「それが自分にどんな意味を持ちそうか」を検討する基盤となる情報は、
  あちらこちらの海外メディアも併せて眺めながら、全体のバランスのとれた理解を自分で
  見つけることが必要。
  この典型といえそうなのが、最初の水素爆発が起きた時の画像。
  NHK Worldは「爆発後の建屋の骨組み」ばかりをニュースで流していたが、BBCやCNNは爆発の
  映像そのもの(つまり、吹っ飛ぶ画像)を繰り返し流していた。
  ある意味で、NHKは「変にパニックが起きないように」とのフィルターをかけており、海外
  メディアは「その情報をそのまま伝えている」といえそう。
  もちろん、海外メディアは「この画像の方がセンセーショナルになるから」との理由で
  使っていた、ともいえるのだろうが、この辺りもわかった上で情報は知っておきたいし。
  (逆に、あの爆発画像で、在日外国人が浮き足立った、との意見もある様子。)
■ この例もそうなのだけど、欧米(基本的に私が見ていたのは英語で発信しているメディアの
  一部だけだけど)のメディアは、非常に論理的というか分析的な情報発信をしているところ
  がある反面、やけにセンセーショナルな、どう考えても自己撞着を起こしているような論理
  で危機感を煽っているようなものも散見される。
  そのメディア、及びその記者の過去の記事の方向性を良くつかんでおくことが重要。
■ 日本のメディアは、良くも悪くも自分自身の視点での情報理解(悪く言うと「自分勝手な」、
  良く言うと「自分で読み解いた」情報理解や判断)による記事をあまり発信しない(できない?)。
  だから、論理性や包括性は自分で確保するつもりになれば、「6掛け」ぐらいのイメージでd
  基礎情報としては使える。(← この表現、意味不明だと思うけど、うまく表現できないので。)

....まぁ結局は、当たり前のことばかりなんだけど。

この震災情報をあちこち覗いていて、一番「へぇ~!」と思ったサイトは、
海外のジャーナリスト?が立ち上げたらしい、Journalist Wall of Shameというサイト。
これは、「ひどすぎる記事だ!」と思うものを見つけ、このwikiサイトに共感したジャーナリスト?達が
その記事の所在とそれに対するコメントを投稿しているのだが、いろいろな事を考えさせられた。
なかなか過激に「厚顔無恥の大嘘つき!」みたいな表現を使って批判していたりするのだけど、
批判されている側も、批判している側も日本人でない訳で、その関係性を見ながら、海外の理解の
仕方を考えてみたり。

このサイトは同様に、"Some Good Journalism" として「よい報道」と思うものを挙げていたり、
blogに関しても「ひどいもの」と「よいもの」とを挙げていたりと、いずれも読み甲斐、考え甲斐が
たっぷりあった。
日本に同じようなものがないかと探してみたが、見あたらず。どっかにないものかしら。

もう一つ、gooのサイトで毎週連載しているらしい「ニュースな英語」という記事が、海外メディアの
動きをあれこれを見せてくれて、海外情報の入り口の一つとしてかなり役に立った。
記者が40代の女性なのだが、変に構えもせず、変に理屈もこねず、でもそれなりの視点と論理で
書いている。

でも、これだけあれこれ見ても、結局本当の情報が何かはわからない。
まぁ、国や東電が本気の隠蔽をしているとは思えないのだけど、発信情報があまりにわかりにくい。
これも体質なんだろうなぁ。お殿様達は、下々にわかりやすい情報を出す必要を感じたことがない!
とかね.....

さっきの地震で、宮城や山形でまた何か被害が出ていませんように。

柵から
110407柵



なんでかなぁ

きれいな晴れの日。日差しにうれしくなって薄手のコートで出かけたら寒かった。

どうも気持ちが前に向かない。
この日記も、毎日「このことを書こう」「あ、あの話を書こう!」と思うのに、
今ひとつ、書くところまで辿り着けず。

なんだかなぁ。

土曜日に出会った枝垂れ桜。
110405枝垂れ桜

枝垂れ桜はまだいいのだけど、染井吉野の満開は疲れそう。

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