おうなも歩けば

都の西北(にしきた)に暮らす若おうなの毎日から、 日々の新しい発見や気付いたことを、 写真と共に思い立ったときに書いています。

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知識人の賢さって

今ひとつすっきりしない天気。

午後、大学時代の恩師(当時授業をしてくれた中で最も若かった先生!)の最終講義と言うことで、大隈講堂へ。
この先生自体が建築史の分野、特に世界各地の歴史的建造物修復の分野で活躍してきた方の上に、京都駅などを手がけた有名な建築家、さらにこれまたそれなりに有名な哲学者との討論会もある、ということで、満員状態で進行したのだが...

この哲学者が、私の理解からすると「実に賢くない」人で、その点だけがつまらなかった。
有名な建築家の方の話は、何を言いたいのかわからない(いわゆる「通訳はしたくない!」表現)部分も多かったけど、全体としては面白く、且つ刺激的な視点の変換を見せてくれるものだった。

ところが、この哲学者、まず場を理解していない。最終講義の一貫としてのパネルディスカッションなのに、一人でその討議時間の半分以上をグダグダグダグダ話している。しかも、建築史の話との接点なぞ全く考えていないし、それなりの視点を示そうという姿勢もない。話の内容からして、相手にわからせよう、という気遣いもなく構造主義やマルクス主義の話をばりばりするので、聞いている側としては「だから哲学者は困るのよね~」という状況。

やっとこの独演会状態が終わり、司会が建築家の先生にコメントを求めたら、この先生が「今の話、自分は勉強してきたからほぼわかったけど、わからないんじゃないかな」という一言からスタートして、この哲学者をやや刺激するコメントした。でもこの発言の後に「時間は大丈夫?」と司会にわざと訊ねてみせる、という芸もしてみせてくれたんだけど....

賢くない哲学者が、これにまたムキになったような形でコメントを返し始めてしまい、いよいよ会場は「この人、ちょっとどうにかしてくれないかなぁ。最終講義の先生の話を聞きたいんだから,私たちは!」とイライラし始めたところで、今日の主役の先生が発言。
「いえ、『今日は私が主役だ!』と言いたいがための発言ではないんですが、是非ここで一言言わせてください!」って。

その上で、両者の発言に感激したと言い、それなりのフォローをする。
で、その上で、「是非両先生に、今後の建築学の教育に向けて『こうすべし!』といったコメントをいただきたい」と流れを作ったんだけど....

またも賢くない哲学者が、自分の言いたいことを「建築学」との接点も何も関係させないままダラダラと述べて時間を使う。
やっと終わって、建築家の先生が真っ当な意見を言ってくれて、それでほぼ討議終了。

この哲学者、本は結構出ているし、私も本をぱらぱら見ただけでは「よくわからないけど、何だかそれなりの人みたい」と思っていたんだけど、今日のパフォーマンスで完全に私の「それなりの人物」リストからは落ちこぼれたわね。

私にとっての「インテリジェントな人」というのは、自分なりの知識をしっかり持っているだけではなくて、それを場や目的に応じて適切に表現し、相手にわからせようと出来る人。

その意味で、この哲学者、完全にアウト。自分の知っていることを、相手のわからない言葉で、場の文脈とも関係させずにダラダラ述べるだけ。
その発言も、机の前に座って考えたことを、さも「社会の事実」のように、教え諭すように言い切る。
そのうちのいくつかには、思わず座席で(もちろん小声で)「絶対違う!」と言ってしまうぐらい、頭でっかち&現場知らずの発言を平気でしてみせる。私、今の発言に理路整然と反論して上げられるわ!という内容だったりするから、手に負えない。

私には、彼の考えが深いのか、十分に整理されたものなのかどうか、の判断はできない。
でも、彼が知識人として「賢く」自分の能力を使っていない、とは心底思う。
こういう人ほど「自分は知識人だ!」という姿勢を取ってみせるから、余計見ていて気恥ずかしくなっちゃうのよ。

でも、恩師の先生の魅力は、討議の前に行われた講義でも全開だったし、討議セッションでの上記の大人の対応も素敵だった。
この先生は十分知識人として賢く、その上に人間的魅力も十分です!
(そうそう、学生の時にこの先生を囲んで40名ぐらいで京都の歴史建造物見学に行ったんだけど、見学先に着くとピシッと講義をするのに、移動途中の哲学の道とかで郷ひろみかなんかをメドレーで歌ってたりして、これもカワイイ先生だったのよね~。)

昨日の夜に見かけた満開の白木蓮。
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春ですねぇ~。
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良いニュース(継続中)と悪いニュース

ポカポカの日中、朝晩はまだ寒かったり。でも街には花が一気に増えてきたわね。

なぜかその後、またもかなり不安に思っていた事が「うまく行った!」とのニュースが届いたり、以前に聞いていた評価結果についても、「あれって、実はかなりものすごいことなんです!」と別ルートから念押しのお褒めの言葉をもらったりしている。
こうなってくると、仕事上の他の心配事についても、「この勢いながら、心配しなくてもうまく行くのかも!!」とついつい期待してみたり、逆に「いやいや、こんなに良いことが続くと、どこかでどんでん返しがくるはずだ...」と後ろ向きになってみたり、普段よりも気持ちが忙しくなってくる。・

まぁ、TOEFL試験の結果については楽観的になれないので、考えないことにしておきます。怖いもの見たさで早く結果を知りたいけどね。

チュニジアのテロのニュース、かなり驚いた。
2月末に、この国の人たちと仕事でディスカッションやおしゃべりをする機会があって、色々学んだんだけど、ある意味アラブ諸国の中で一番穏やかにまっとうに国づくりを動かしてきている国、という理解をしていたところだったのよね。
パリに続いて、今回の「危険性が余り高くない国(地域)でのテロ。今までも、ボストンやロンドンや、どこでもテロが起きている訳で、そう思うと、世界中、どこにいても危険性はある、ということよね。
日本だって,いつ何があるかわからないわよね。
チュニジアの博物館を狙う、という発想って、安全な日本でテロを起こして世界を驚かす、という考えにつながっていくような気がするのよね。
日常の中で何をすればいいのか。
インドネシアやフィリピンでも、自由な時間(ほとんどなかったけど)に一人で多少動き回る時には、一応は「どんなところにいるのか、周りの人の動きは"普通"か」ぐらいのことは気にしていたけど、でもショッピングモールにいる時なんて、よくわかんないわよね。
こういう気遣いを国内でも日々やるのか、と思うと、やはり怖いというか困るというか、です。

そういえば、フィリピンでは、手荷物にPETボトルをどさどさ入れておいても、空港で全くチェックされなかったのよね。
私の書類バッグなんて、PCも予備のバッテリーもカメラもケーブルもアダプターも、とにかくガジェットが山のように入っている上に、大小のPETボトルが2,3本。私が検査官だったら、まずは一回疑うと思うんだけどねぇ....。
おかげで、セキュリティゲートの前で、PCを取り出したりPETボトルを悩んだりしなくて良かったんだけど、あれって、良いことのような 悪いことのような。でも、パリのテロの後でもそうだったんだから、今回のことで厳しくなることもないのかしらねぇ。

前回と同じくダバオの公設市場で見かけた「価格モニタリングボード」。
DSCF7390_R.jpg

茄子とかニンニクとか鰊とかキャベツとか、「今日の値段」が一覧されているらしい。
唯一、そのまま読めるのが「OKRA」かな。私が,家の近所のスーパーで買うオクラも,ほとんどフィリピン産だものね。

評価を受けるということ

暖かいと思うと夜が急に寒かったり。でも3月も半ば。

ここのところ、自分の活動への評価を受けることが続いた。
コンサルティングなんて仕事をしているから、感謝の言葉や仕事の継続という形で見えない形の評価は受けてきているけど、なかなか具体的なランキングのような評価を受けることは少ないのよね。
それが続いたわけ。

一つは、国際会議に発表したい、と提案していた内容が、なんと「すばらしい!」との最高レベルの評価をもらった。
これは、こちらの名前も相手の名前も見えない形でのブラインドレビューを二人から受ける形なんだけど、その一人がそういってきたもの。もう一人は「受け入れて問題なし」という、良くも悪くもない、という評価だったんだけどね。
とはいえ、この提案、かなり急ぎででっち上げたもの。実際の発表に出す原稿は今からゼロスクラッチで書き始めるもの。
提案は短い文章(3時間位ででっち上げた)だから、最終原稿になったらボロボロになる可能性もまだ充分あり。
はてさて、頑張らなくちゃね。

もう一つは、あるクライアントとの2016年度予算獲得の作業。(2015年度ではありません。2016年度です。)
国からの予算が付く組織なので、その予算の配分のために、組織内で提案公募みたいな形で今後の活動実施案を出すのよね。
その提案を、まずは(もちろんクライアント側の主担当者と相談しながらだけど)私が整理して、提案書を作成し、さらに幹部会議でのプレゼンテーション資料も私が作成し、ほぼ全てそのままの形で提出されたわけ。
そうしたら、なんと「評価Aで第一関門突破!」との連絡が。
第一関門として、50件弱の提案から11件が得らればれたらしいのだけど,その中に入っていたとのこと。
まだこれから財務的な検討などもあるというので先は見えないけど、なかなかうれしいことです。
ガンバって最後まで行って、2016年度にはこの予算で仕事をしなくっちゃ!


などなど「評価されることが重なったわねぇ」と思っていたら、先週になって突然、英語の認定を何か取らないといけないことになった。
今でも仕事には使えているから良いじゃない!と思っても、仕事先の機関が、応札時にそれなりの英語の認定資格(国連英検やTOEIC、TOEFL、等々)の証明書を出すことを新しいルールにしてしなったのですよ。
もし認定資格を出さずに応札すると、語学評価が最低にされてしまうとのこと。ちょっと怖い。
成績の善し悪しも応札時の評価に影響するけれど、とにかく持っていれば最低点にはならない。こうなると、今後あれこれと仕事がありそうな相手でもあり、受けておくしかない。
しかも! 応札することになりそうな話が2,3ヶ月後に出そうな様子。

あらいけないわ、と慌てて調べてみたら、TOEFLのみは月に二回ぐらい試験をしているが、その他の試験は年に二回程度。ほぼ全て、次の試験日は5月ぐらい、ものによっては二次試験まであるので結果が出るのは夏。
こうなると、TOEFLをとにかく受けて置くしかない。これが主に留学生評価に使われるものであろうと、一番手強いと言われるものであろうと、仕方ない。

というわけで、一週間前に申込み、今日、受けてきましたよぉ。
大変でした。
ほぼ4時間。途中で10分休憩は取れるけれど、とにかく集中し続け。
しかも、試験勉強が一番苦手な私、「どんな試験か」は一応調べたけれど、実際の勉強は深夜に3時間ほど二日やっただけ。今週はひどい風邪をひいていたこともあってね。

ちょっと甘く見過ぎたわね。思い返すとあちらこちらでミスをしている。

この認定証提出を求めている機関に、応札時の評価に使う点数ランキングがある。
受験前は、「最高クラスは無理でも、二番目のクラスにははいれるわよねぇ♪ だって最近は英語を使い慣れてるし、TOEFLで主になる学術っぽい話も身近だし!」なんて思っていたのだけど...今は「三番目のクラスになっちゃったら、みっともないからもう一回受験しようかしら~」と思っている次第。
いえ、さすがに三番目のクラスにはならないとは思っているのだけど、でも問題の読み違いとかの大チョンボをしている可能性も否定できないのでね、私の場合。

あぁぁ、こういう試験って、キライ。大学院を終えた時の一番の感想が「このあと試験を受けなくて良い!」だったのに、まさかこの段階になってこんな試験を受ける羽目になるとは思いませんでした。

なお今日の試験会場、当然ほとんど全員が20才代か30才代前半ぐらい。会場の人からすると「この人、何で受験しているの?」だったでしょうね.....

フィリピンのミンダナオ島、ダバオ市の公設市場で見かけた魚醬類。
DSCF7393_R.jpg

こういうのを野菜につけたりして食べて、結構おいしいんだけど、こうやってバケツ?で売っているのを見るとやっぱり迫力だわぁ。
一番迫力を感じるのは、やっぱりこのピンク色かしら。
こういうピンク色も、チリペッパーみたいな「カイエンペッパー」というスパイスの色だったり、紅の木の色素だったりするみたい。スーパーで、ハーブやスパイスのコーナーにこういうピンクや赤の色が多かったのよね。
文化の違い、って食べ物で感じるところが大きいです。

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