おうなも歩けば

都の西北(にしきた)に暮らす若おうなの毎日から、 日々の新しい発見や気付いたことを、 写真と共に思い立ったときに書いています。

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ラインの時代

ひんやりした風が吹き、降るような降らないような一日。
暗くて時間がわからないのは、ちょっと寂しい。

依然として1950年代末の洋裁雑誌。
昨日から見ているのは「装苑」だけど、これは洋裁雑誌というよりもファッション雑誌、という感が強く、
記事にも「日本のファッション界を引っ張っていく」との思いが感じられて、読みでがある。

ここのところ、この年代のこういった雑誌を読んでいてわかったのは、
「如何に毎年新しいラインが出ていたか」という事。
Aラインだとか、Hライン、Yライン、トラペーズラインと言った辺りはパリ発の言葉らしいが、
これにさらに「キューピッドライン」などと言った日本製のラインもある様子。
しかもこれらの間に、サックドレスの流行があったりするのだから、もう毎年毎年新しいスタイルが出ているわけ。

この時代に「おしゃれさん」でいるのは、さぞや大変だったことと察せられる。

ところで、「キューピッドライン」については、服の説明に出てきたり、「自分も提唱した一人」という発言が
ある程度なので、具体的にどのようなものか不明。
キューピッドを想像すると、おなかのところが丸く太くなっているのかなぁ。

この言葉を使って説明されていたツーピースの型紙を見ると、ウェストにはタックをたっぷりとってあるが、
裾はタイト並みの幅しかないスカートになっていた。
だから、スカートだけで言うと、最近のバルーンスカートとかチューリップスカートとかいうものの仲間かも。
でも、トップについては、写真を見ても型紙を見ても、私のレベルでは他のラインのものと判別が付かない。
みんな、当時は一目でわかったのかな。そもそも、こういう流行用語をどこで知ったのか?
(ちなみに、今、ネットで「キューピッドライン」を調べても、昭和34年の流行を示す言葉とされているだけで
説明は見あたらない。)

私の母の知り合いに、文化服装学院の先生がいた。
戦前は母の実家(服地販売及び仕立て)の縫子さんだった人で、その後勉強して先生にまでなった人。
母と同年代だったためか年に何回かは行き来をしていて、そんな中で服の仕立てやデザインの見立てを
お願いしていた様子も何となく覚えている。

これだけ年々変化し、且つこれだけたくさんのデザインが必要とされている時代(月刊誌にものすごく多量の
デザインが掲載されていて、しかも今の目で見るとスーツとかツーピースばかりで、この中で特徴を打ち出す
のはえらく大変そう)、文化の先生も今とは違う大変さがいっぱいあったのだろうなぁ、なんて思って見たり。

でも、先日は「縫い方が丁寧」という感想を書いたけど、縫うのも仕立てるのも何をするのも手間がかかっていて、
その分だけ、大変と言えば大変、でも今より思い入れはたっぷり味わえる時代だったような気がする。
うらやましいような、うらやましくないような、だわね。


話は変わり、さっき、カフェでコーヒーを飲んでいたら、ワイシャツにネクタイの初老の男性が隅っこで
「だから、お金の用意ができないのがハッキリしたから、こうやってご連絡しているんです!」
とのシリアスな会話をしていた。
シリアスすぎて聞きたくないのに、どんどんと声が大きくなる。
日曜の午後に「用意ができない」状況を考えると、本当にシリアスよね。
そんな話を、ジャズのBGMのかかったパン屋の二階でしないでほしいよ~。

日曜の午後に、と口説かれていた仕事の手伝い、さっき、
「こちらの準備が間に合わないので、今回はお願いすらできなくなった」とのメールが入った。
みんな、大変なのよね。

私も、今までと少し異なるタイプの仕事を今週からはじめる。
今までの仕事のいくつかを組み合わせて、向きを多少変更したようなもの。
だから、大丈夫と思えば大丈夫、でも不安と言えば不安。

さて、どうなることか。まずは明日の仕事の準備を少ししておかなくっちゃ。

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