おうなも歩けば

都の西北(にしきた)に暮らす若おうなの毎日から、 日々の新しい発見や気付いたことを、 写真と共に思い立ったときに書いています。

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伊勢参り

湿度の低い快晴の週末。
昨日は風が強くて寒いぐらいだったけど、今日はひたすら心地よく。

木漏れ日がたとえようもなく清々しく。

120513神主s


この週末は伊勢参りをしてきた。
来年が20年に一回の式年遷宮にあたる今年、その遷宮の理解を高めるために建築された「せんぐう館」を
中心とした同窓会の見学会が催され、金曜の夜、出張先からそのまま移動して参加。

昨日は朝一番から内宮の見学。

内宮の入り口にあたる鳥居。

120513内宮

段取りの良い同窓会幹事のおかげで、100名近い団体にもかかわらず(70歳代から現役大学院生まで)、
数多くの見学をたっぷりと。

内宮正宮の特別参拝では、四重の垣に囲われた正殿の、二つめの垣内まで参拝。
いずれもこぶし大の黒い玉石と白い玉石が敷き分けられているのが印象的。
正殿の一部だけが見えていた。
正殿の真ん中には神座があり、遷宮に際しては夜中に誰にも見られないように暗い中にこれを遷座させるとのこと。
垣の数はだんだん増えたらしい。
それだけ神秘性を強調する度合いが強まってきた、ということか。

神楽殿では神楽の祈祷奉納、そして昼休み後には式年造営を管理している専門家の方や、せんぐう館の設計者などによるレクチャー、そして造営のための木工作を行っている作業所の見学。
最後にせんぐう館の見学をたっぷりと。

かなり寒くて身体は冷えたけど、今まで知っているようで知っていなかった神道と言うもの、そしてそれを支えている今の国内の体制、その中で維持されてきている多くの技術や技能、などなど、まだ入り口ではあっても学んだことは多い。

今日は、昨日訪ねそびれた外宮を訪問。
入り口の鳥居をはいると、向こうから黒塗りの乗用車が向かってくる。
「そういえば、昨日皇族の方がいらっしゃると聞いていたわよね」と話しながら進むと、
斎館の辺りに皇宮警察がかなりいる。
「そういえば、斎宮って言うのは人の役目だったりするよねぇ」と喋りながら進むと、
第二の鳥居の先に報道陣などが並び始めている。

「誰がいらっしゃるのか聞いてみようか?」と、第二の鳥居のそばに立っていた観光バスのガイドさんに
声をかけたら、いろいろと詳しく説明してくれた。
結論だけ言うと、いらっしゃるのは黒田清子さん。伊勢神宮の斎宮補助(正しくは臨時祭主というらしいが)
になる事が決まり、その就任挨拶のための参拝らしい。
こういうことも珍しいので待ってみようか!?と、第二の鳥居を入ってすぐのところで並ぶこと15分ほど、
この記事トップの写真は、この鳥居脇でお祓いをすべく待機している神主さん。
空気のきれいさ、新緑のみずみずしさ、光の清々しさと装束の白さが相まって、神事であることが妙に実感できた。


皇宮警察と神主さんに先導されて清子さんがいらした。
特に皇室びいきでもない私だけど、品の良さを感じさせる姿がとても印象的だった。

120513斎宮代理


今日最後の写真は、内宮正宮。
120513外宮正宮

清子さんが参拝中。
白い御簾?が下がっているのが、外側から二番目の垣の門。
一般人は、特別参拝でもこの中まで入るのがやっと。その先は、神道の「神秘」の部分。
今日の清子さんは、四重の垣根の一番内側(つまり正殿)まで「就任の挨拶」に入っていったんだろうか?
というのが、とっても知りたいところです。

コメント

古い木材のリサイクル

若おうなさん
たまたま近所の天神さんの宮司さんから、式年遷宮のお話を聞く機会がありました。遷宮後の古いお社の木材はどうなるかご存知でしたか?
鳥居になり、神橋になり、そしてその後には全国の神社に譲られて心柱になったり、神殿の部品に加工されたり、となるそうです。近所の天神さんにも、昭和28年の遷宮時にでた木材を昭和58年頃に貰い受け、それを昭和60年頃に新しく立て替えた社殿の正面の柱にしたそうです。何でも、しかるべきコネクションをいろいろと使って苦労して譲ってもらったと、宮司さんがおっしゃってました。また加工した後の、木っ端やかんな屑も全部計量して、譲り受けた木材の用途をグラム単位ですべて報告することを求められたそうです。伊勢神宮の格式の高さを垣間見るお話でした。

  • 2012/05/27(日) 22:22:02 |
  • URL |
  • hayohayo #-
  • [ 編集]

Re: 古い木材のリサイクル

●hayohayoさん、
知りませんでした、神宮の材木のリサイクル!
こんな形で、中央の権威というか神宮の権威というかを人心に刷り込んだのかしら?なんて考え方もありそうで、面白いですね。

>昭和28年の遷宮時にでた木材を昭和58年頃に貰い受け、それを昭和60年頃に新しく立て替えた社殿の正面の柱にしたそうです。

これ、すごい。
30年間、どこにその材が仕舞ってあったのかしら!?と考えると、知らない世界のドアが少し開いたみたいです。
こういう権威をブローカーしている人がいたりして....なんて、どうも考えることが俗っぽくなっていけませんが。

それにしても神道、もう少し勉強してみなくっちゃ、です。



> 若おうなさん
> たまたま近所の天神さんの宮司さんから、式年遷宮のお話を聞く機会がありました。遷宮後の古いお社の木材はどうなるかご存知でしたか?
> 鳥居になり、神橋になり、そしてその後には全国の神社に譲られて心柱になったり、神殿の部品に加工されたり、となるそうです。近所の天神さんにも、昭和28年の遷宮時にでた木材を昭和58年頃に貰い受け、それを昭和60年頃に新しく立て替えた社殿の正面の柱にしたそうです。何でも、しかるべきコネクションをいろいろと使って苦労して譲ってもらったと、宮司さんがおっしゃってました。また加工した後の、木っ端やかんな屑も全部計量して、譲り受けた木材の用途をグラム単位ですべて報告することを求められたそうです。伊勢神宮の格式の高さを垣間見るお話でした。

  • 2012/05/28(月) 23:48:36 |
  • URL |
  • 若おうな (別名 せん) #-
  • [ 編集]

若おうなさん
いやいや、木材は仕舞ってあったわけではなく、たぶん伊勢神宮の別宮や末社とかの鳥居や神橋や社殿で活躍していたわけで、第3の人生(木生?)が地方の神社の神殿だったわけですよ。
ついでに、宮司さんは「民族の神話である古事記を日本人は学んでいない」ことを残念がって、トインビーのことば”12-13歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる”と紹介していました。古事記について、全くと言ってよいほど知らない私でした。

  • 2012/05/29(火) 22:48:59 |
  • URL |
  • hayohayo #-
  • [ 編集]

●hayohayoさん、
なるほど、神社のヒエラルキー内を伊勢神宮で使われた木材が下っていく幹事でしょうか。

古事記、小学生の時には少年文学全集で読んで、中学では古典文学大系で読み直しました! 面白いんですよ、古い言葉で読んでも。だから、神道は知らないけど、神話は多少知っているかもしれません。日本人を滅ぼさないためにも古事記を読もう!...かな?

  • 2012/06/06(水) 23:26:10 |
  • URL |
  • 若おうな (別名 せん) #1Fzg8o1M
  • [ 編集]

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