おうなも歩けば

都の西北(にしきた)に暮らす若おうなの毎日から、 日々の新しい発見や気付いたことを、 写真と共に思い立ったときに書いています。

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その一瞬

陽差しにだまされて薄着で外出すると寒い、というのが続いているここ数日。
今日も、分かっているつもりだったのに、薄手の裏のないワンピースにポリエステルのジャケットにマフラーで出掛けて、冷え切ってしまった。

新年度、少しずつ進んでいるけど、サテどうなるのかなぁ。
今日の午後、目黒と中目黒の中間にあるオフィスを訪ね、帰り道に目黒川で散りゆく桜をみて楽しんだ。

半分以上散ってしまった桜だけど、川面だけでなくて、足元の護岸にもさらにそこに映る影も、ちらちらとした花びらが何とも軽やか。
目黒川桜と河岸140407res

花筏を撮っておこうかなぁ、とスマホのシャッターを切ったら、ちらちらと舞う花びらが画面に入ってくれた。
IMG_20140407_160510res.jpg

滅多に出会えない「この一瞬!」でした。うれしいな。

実は二枚目の写真はFacebookにも上げたモノ。いつもはFBとこちらは写真が重ならないようにしているんだけど(と言うほどどちらも頻繁にはアップしてないのもあるけど)、これはなんともラッキーな写真だったので、こちらにもアップ。
春らしい気分をちょっと楽しんだ午後でした。

さて、またも小保方氏の話題。仕事が関係していることもあって、この得体の知れない話題を何とか読み解こうと考え続けているので、もう少しお付き合いクダサイ。

なお、私は決して「小保方氏だけが悪い」と言っている訳ではない。
博士号の学位を出した大学も、彼女のあのすさまじい論文を投稿させてしまった理研も、それぞれ責任があるとは思っている。
しかし、このスキャンダル、「研究者としての能力も倫理観も、研究への思いも持っていない」と思われる小保方氏がいなくては起こりえなかったと思っている。

どこかの新聞も書いていたが、研究活動というものは、性善説の上に成り立っている。個々人がプロフェッショナルとして判断し活動している、と想定して動くのが基本。
それに、それぞれの研究者はそれぞれの分野で最先端というかユニーク(他にない)テーマを扱っているのが基本だから、他人の研究に余り口を突っ込まないのが基本。
大学では指導教授が学生や助教などを指導する形はとるが、理研などの研究所でこういった指導はあるほうが不思議、とも言える。

で、ここが今回のスキャンダルの微妙なところだと思う。
多分、理研のセンター長なども、「Natureに投稿しよう」とかその論文の方向性、論文の構築方法などは主導しただろうけど、その方向性に沿った実験の進め方や論文のためのデータの揃え方などは、本人に任せたのだろうと思う。
もちろん、連名にしていたのだから、本来的には徹底的に論議を交わすべきだったのは当然。ここは完全に欠如していたと思われるし、これは「指導が不十分だった」と非難されて当然。

だけど、その「本人に任せた」相手が、「自分の研究論文でコピペはいけない」、「実験結果を恣意的にいじって変更してはいけない」といった、研究の基本の基本を守らないばかりか、そこを不正だと指摘されると「悪い事をするつもりだった訳じゃない」、「後から差し替えたんだから」、という言い訳が通じると思っている。
これは前にも書いたけど、そもそも自分の研究の根幹にあたる画像を「単なる間違い」として差し替えるなんて....

この辺りの事を表す表現としてネットで見つけた気に入った表現は;
 見栄えを良くするための画像の切り貼り
   ⇒ 「プリクラじゃないんだから!」
 研究の肝とも言える写真を間違えたこと  
   ⇒ 「自分の子供の写真を、他人の子供と差し替えて"気づかなかった"というようなもの」  

これって、研究者としてはもうどうしようもなく常識外れであり、且つ「研究論文なんて、実験レポートと同じように、先輩のレポートの切り貼りと適当な書式整理でオッケー!」っていう姿勢が明らかだとしか言いようが無い。

そう言う意味では、理研の側は「うちにはいってくるんだから、トップクラスの研究者」と思ったら、大外れだった!というコトだったんだと思うのよね。

このあたりの話をわかりやすく言えないかなぁ、と考えてみた。

博士号は運転免許。論文の不正は道交法違反。

つまり、運転免許を持っているというから車の運転を任せていたら、赤信号を無視して交差点に突っ込んだのが小保方氏。
赤信号無視は明らかな道交法違反。だけど「単に信号を見間違えただけ。だれもひき殺してもいないのに、なぜ責められるの!」とヒステリーを起こしている。
理研の共著者達は、隣を走りながら「行き先は●●駅」、「まずは××街道を抜けて、それから首都高を走って、△△インターで降りるからね」と指示を出していたわけね。

これをして、「小保方氏に全部罪をなすりつけている」って言われてもねぇ....。
「コピペをさせなければ博士論文なんて書けない」といったどこかの大学教授がいたらしいが、こういう教授が指導したら小保方氏その2,その3が量産されそう。だって「赤信号は無視してもいいんだよ」って教えているようなモノ。
そうそう、
「理研は個人の「不正」として片付けようとしているが、小保方氏の研究手法を早計に「不正」と断じていいのだろうか」といった論議をしているジャーナリストもいるようだけど、上述したように、この研究手法というか研究の進め方、明らかに間違っているのですよね。

確かに、理研が「小保方氏の不正」だけで話を終えようとしたらそれは片手落ちというモノだけど、小保方氏が間違った判断と行動をしたのはほぼ間違いない訳であり、しかもこの間の記者発表は「研究論文の疑義に関する調査報告書」なのだから、当然小保方氏の不正に話が集中して当然。

どうしてこういうことを整理して語らないんでしょうねぇ、世の中の変な知識人達って。

でも、今回の事でしみじみと感じたのは、ネットを通じた知識・情報の精査能力ということ。
論文不正の解明においても、その他の情報についても、ネットに溢れる情報をうまく読んでいく事さえできれば、いろいろと見えてくるモノ。
読み取る力は必要だけど、でもこういう情報交換の場(ネット)があるというのはすごい。

例えば、「論文不正がわかってから小保方氏のあの当初の記者会見を見直したらゾッとした。なぜならば、明らかに見つかるだろう捏造をしておきながら、あのニコニコ会見は、おかしいとしか思えないから。」「でも、後になって、あの人は何も考えていなかったと分かったので、納得した。」という表現をしている論者がいて、私はこれを呼んで「あぁそうそう、私が感じていた事を、こんなにスッキリと表現してくれた!!」と思ったのよね。

今回は、ネットを覗き歩いていた訳だけど、こういう「そう、これが私の感じていた表現よ!」と思う事が何度となくあり、ネットの力を新たに感じた気がしているのよね。

まぁこれは別な話だけど、とにかく研究者としての能力と倫理観と思い、これは重要ということで、この話は一段落かな。
また明後日に小保方氏が記者会見すると言うけど.....頼むからヒステリーを起こさないでねぇ、ヒステリーを起こしたりすると「だから女は」と言われる材料をまた世の中に提供しちゃうからね。
まぁ彼女には何も期待しないけど。

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